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夢を見た。
薄汚れた寝台の上に横たわっている。暗い、知らない部屋だ。小窓の外には杉の群れがあり、真っ黒に立ち尽くしている。ここはどこだろう_____ずいぶん長い間寝ていたようで、寝る前のことがとんと思い出せない。
私は背中を起こして部屋を見渡した。起きるときに違和感に包まれた。体が岩のように重い。誰だかも知らぬ他人の体に無理やり詰め込まれているような気分のまま、どこだか見当も付かないこの部屋の外に出ようと、とりあえず立ち上がった。
小窓に映った異形に息をのんだ。ひどい形相の化け物が、にごった黄色い眼でこちらを見ていた。
「ぎゃっ」
私は小窓から飛びのいた。同時に異形もすっと消えた。
心臓が早鐘を打つ。すっかり血の気が引いてしまって、部屋の温度が倍ほど寒く感ぜられる。
早くこの部屋から出て行ってしまおうと手を掛けた扉は開かなかった。私は泣きそうになりながら小窓を見た。もう一度異形が飛び出してくるんじゃないかと気が気でなかった。
待っても待っても異形は出て来ない。額の汗がぽたりと落ちる。
私は再び小窓を覗いた。異形の目がこちらを見ていた。背筋が凍った。咄嗟に異形の姿を隠そうと伸ばした手は、獣のような鉤爪になっていた。
初め私は、それが自分の腕であると分からなかった。手を握った。鉤爪が閉じた。手を開いた。鉤爪が開いた。私は恐ろしくなった。
どうしてこんな目に合わねばならないのかと考えた。突然ある男の顔が脳裏をよぎった。その男は憎たらしい薄ら笑いを浮かべていた。友人や親族といった関係ではないその男が、一体誰であるのかは一向に思い出せなかった。しかし全部この男が仕組んだのだということは本能が記憶していた。
部屋の隅で、消えかかった蝋燭がたった一つゆらゆら燃えている。段々私は腹が立ってきた。考えれば考えるほど理不尽な事態に陥っている。
脳裏の男は笑いながら話しかけてくる。俺が誰だか知らんだろう。知らぬうちは殺せまいと言う。あの蝋燭が消えてしまえば、お前は二度と思い出せまいと嘲笑う。心臓の煮えたぎるように熱いものが、男への憎悪となって獣の血のように全身を駆け巡る。
この男を生かしてはおかぬ。何がなんでも思い出してみせる。思い出せなければ、きっと私は己の頭を潰してしまう。
鉤爪で頭を掻きむしる。目を閉じて奥歯をぎりぎり噛んだ。時計の秒針がうるさい。男の名前が浮かびそうになっては消える。強く閉じすぎたまぶたが痛い。掻いた頭から血と汗が混じり一緒になって流れる。
気配に目を開けた。扉が開いている。男が憎たらしく笑っていた。
私は鉤爪を振り上げた。蝋燭が消えた。
そこで、はっと目が覚めた。夢で見た小窓に、夢で見た杉が立ち尽くしている。
私はまだ知らない部屋にいる。
執筆:もりやまさくら
制作:Seika
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