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指先に乗せたスカイブルーを見つめて、私は思わず微笑んだ。
人生で初めて、マニキュアを買った。普段は学校があるからネイルなんてできないけれど、夏休みに入って、ちょっとだけ背伸びをしてみたのだ。机の上に置かれたマニキュアの瓶は、文房具に囲まれてなんとなく居心地が悪そうだったけれど、きらきらと存在感を放っていた。
明日は花火大会の日だった。透き通るような空の色は、ママが用意してくれた浴衣に合わせて、思い切って買ってみた色だった。明るい色はちょっと勇気がいたけれど、綺麗に折り畳まれた浴衣の上に手を置いてみると、思っていた通り似合っていて嬉しくなってしまう。ちょっと腕を伸ばして、手を広げて見る。自分の肌にその青色が乗っているだけで、いつもと違う自分になれた気がした。
時計の針はとうに0時を回っていて、そろそろ寝なくちゃと部屋の電気を消した。布団に入る手つきまで丁寧になった気がする。シンナーのにおいがすこしだけまだ部屋の中に漂っていたけれど、気にならなかった。私は高鳴る胸を押さえつけるように深呼吸して、そのまま眠りについた。
*
『花火、中止になっちゃったね』
そうあの子からメッセージが来たのは、約束の時間の3時間前だった。窓の外で、どしゃどしゃと大粒の雨が降っているのが聞こえている。つけっぱなしにしていたテレビからは、記録的な大雨が当分止むことはないと告げていた。
『また埋め合わせしようね』
ぽこん、と間抜けな音が鳴って、またメッセージが送られてくる。その言葉に適当なスタンプを返して、私は時間をかけて着た浴衣を脱ぎ始めた。乱雑に脱ぎ捨てて、よれた部屋着に着替え直した。それから洗面所に行って、冷たい水道水を顔にかける。ママのクレンジングオイルを雑に手に取って、ごしごし擦って顔の化粧を落とした。あらかた落とし終わったら、そこら辺にあったタオルを取って、また顔をごしごし擦る。繊維で擦れた皮膚がひりひりして、ちょっとだけ涙が滲んだ。
私はそのままベッドの上に寝転んだ。薄暗い部屋の天井を見つめて、なんとなく手をかざしてみる。昨日私の指先で澄んでいた青色が、なんとなく濁って見えた。私はなんだか無性に恥ずかしくなって、青色を爪でおもいきり引っ掻いた。青色が裂けるのを見て、私はどうでもよくなって目を閉じた。
執筆:らっこ
制作:クワバラ
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