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誰にだって、ツイてない日っていうものがあると思う。何をやっても何だかうまくいかない日が。そしてそれが何日か続く時が人生の中で何回かあって、自分はたまたま今その時なだけだ── そう思っても、朝からの憂鬱な気分は消えなかった。
三日前くらいからなんだか嫌な予感はあったのだ。バイト先の一つ上の先輩が、就活が忙しくなるからバイトを辞めた日がその日だった。もちろん引き継ぎはしてくれたけれど、空いたひとりの分仕事量が増えるのは必然だった。そしてそんな時に限って、大学の授業は重要な課題を出してくる。私はこの二日間くらい、それに追われながらの毎日を送っていた。
そして今日という日がやってきた。悪日、厄日、端的に言ったらそんな日だった。そもそも、一日の始まりから最悪だった。目覚まし時計の電池が自分が寝ている間に切れてしまって、思いっきり必修の授業をすっぽかしてしまった。これが最初。それからは、不運が雪崩みたいに押し寄せてきて、何をやってもうまくいかないのだと実感するしかなかった。電車は遅れているし、いつも買っているコンビニのおにぎりが目の前で売り切れるし、ゼミの先生の機嫌は悪いし、バイト先にはクレーマーが来た。そしてやっと仕事が終わって歩いていると雨が降ってきて、コンビニに駆け込んで傘を買って出ると雨はあがっていた。
「さいあく」
私は声に出してそう言ってみた。声を出すことで心の中のもやもやも一緒に出せるかと思ったからなのだけれど、実際はもっと気分が落ち込むだけだった。私はなんだか馬鹿らしくなってきて、買って結局開くことのなかった傘を足で蹴りながら歩いていた。
夜風が涼しかった。目の回るような忙しさだったから、さいきんになって涼しくなってきたことをどこか他人事のように思っていた。風が肌を撫でて、少しだけ身震いする。さっき雨に降られたところが濡れているのもあるけれど、薄いブラウスはもうそろそろ仕舞った方がいいかもしれない。
髪が風になびいている。後ろに引っ張られるようなその感覚に任せるようにして、私は夜空を見上げた。帰り道は外灯の少ない道だったからか、星がきれいに輝いて見えた。都会は夜空が綺麗じゃないなんてよく聞くけど、それって、みんな下を向いてせかせか歩いてるからなんじゃないかな、と思った。
重かった足取りは幾分か軽くなっていた。家に帰ってきて、傘と一緒に買ったサイダーを飲みながら、私は鏡の前に立った。目の下にはくまができていて、なんだかげっそりしている。結んでいた髪をほどくと、ゴムのかたがついていて、変にうねっているのが面白かった。
もう一回サイダーをあおった。しゅわしゅわした炭酸が食道を通って、胸の方であつくなるのが分かる。嫌なことの記憶は消えなかった。まだ頭の片隅でクレームを言いにきたおじさんの顔がちらつくし、いまだに服は雨で濡れていたし、明日もまたゼミの先生と話すんだと思うと気が重くなる。でもちょっとだけいいこともあった。寝苦しい夜が過ぎ去って、星が綺麗だということが分かって、サイダーは美味しかった。それだけでよかった。嫌なこと全部忘れることなんてできないけれど、ちょっとずつ綺麗なものをかき集めて、それでなんとか誤魔化していけばいい。私はそんなふうに考えて、また明日も頑張れそうだな、と思った。
執筆:らっこ
制作:石橋愛菜
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